2013年8月20日火曜日

内蒙古日記その3



明るくなり外が騒がしくなったので目覚ましが鳴る前に起きる。
枕元のG-SHOCKを見ると7時過ぎ。
8時前になってチェックアウト。

もう目の前にある長距離バスターミナルに行く。
最初の目的地は美岱召。
包頭という大きな都市に向かう幹線道路沿いにあるチベット仏教寺院なんだけど、包頭から行く方法しかガイドブックにはない。
事前に地図は見ていて、薩拉斉という街が近くにある。
じゃあ、薩拉斉まで行けばなんとかなるなという見込み。
售票处(切符売り場)に行くと、売り場は三カ所。
包頭行きと北京行きと(多分)それ以外。
それ以外の窓口は大混乱。

まずはインフォメーションに行って美岱召に行きたいと伝えると、薩拉斉行きに乗れと(多分)。
どこで買うのかも尋ねると、混乱している窓口を指す。
やっぱりかと、混乱している窓口に突撃。
もみくちゃにされながら(しながら)窓口に到達。
何人も窓口に手を突っ込んでるので同じように「薩拉斉」と書いたメモと50元札を突っ込む。すぐに取り上げられチケットと19元が手に戻ってきた。
出発時間は9時。腕のG-SHOCKを見るとまだ8時半前。
外に出て屋台で朝食。





8時50分くらいになったので乗り場へ。
改札?に入ろうとするとチケットを見てまだダメだと。
出発するバスの電光掲示板を見てみると、8時とか8時10分のバスとかばかり。
嗚呼遅れているのかと待つ。
しかし朝一から遅れ過ぎだし、待っている乗客も冷静すぎるだろと思いながら待つ。
でも、バスで全体が遅れるのもおかしいなとも思う。
9時回ったのでまた入ろうとするとまたダメだと。
仕方ねえなぁと構内を見渡すと備え付けの時計が目に入る
8時10分。
腕のG-SHOCKを見ると9時10分。
日本時間になってる。
そういや昨夜、電気消したあとで時間見ようとバックライト押すためにいろいろ違うところも押した記憶が。
朝からひとり日本時間で動いていたということか。

つづく



2013年8月19日月曜日

内蒙古日記その2



内蒙古自治区の省都?区都?呼和浩特には22時頃到着。
荷物をピックアップして外に出ると目の前に火车站(鉄道駅)行きのバス乗り場。
歩き方には新華広場行きのバスしかないみたいなことが書いてあったのでこいつはついてると乗車。10元。
なんだかんだ待たされて、しばらくすると別のバスに乗り換えさせられてやっと出発。

火车站(鉄道駅)に着いたのは23時くらい。
バスを降りるとすぐに宿の客引きが何人も。
とりあえずひとりのおばちゃんについていく。
一緒に歩いてると、客引きがいっぱい。
こりゃあ、このおばちゃんとこがダメでも困らないなと思いながら、おばちゃんにパスポートを見せて「日本人だけど大丈夫?」という意思を伝えると、ちょっととまどいつつも拒否はされない。
通りをはさんだ大きなビルに入ると、旅行者らしき人、客引きの人が何人か。
途中の階に停まると、旅館の看板が見える。
13階で降りると、二つの旅館の看板があって一方に。
なんか香港のチョンキンマンションみたいだわ、とワクワクしてくる。

初めは窓のない部屋に通されるが、別の部屋がいいと伝えると窓のある部屋に。
シャワーはあるけどテレビはない。でもネットにつながるパソコンが。
面白そうだと思い料金を聞くと100元。
部屋のクオリティーを考えると安くはないけど、駅前ならこんなものかなと承諾。

もう0時近かったけど外はにぎやかなので出かけてみる。
客引きはまだいっぱい。
軽装なのに声掛けられる。
まあ、つまりはそういうことの斡旋もしてるんだなと予想。

小腹が減ってたので肉を焼いてる屋台に。
店の人、言葉が通じないボクにあれこれ話しかけてくる。
カタカナ発音で「我是日本人」と散々言ってたら、ついにピンと来たようでテーブルに「日」と書いてボクを見る。
うなずくと、「ほぉ〜」と。
特に敵意みたいな向けるわけでなく、他の人と話しながらボクにもなにか言ってくる。
まあ、ニコニコしながら「好吃」と時々カタカナ発音で言うしかない。


羊や牛の串焼きだけじゃなんだなと、トルコのピデみたいのも一緒に頼んだら、いろんなタレを漬けて串焼きと一緒に焼いてくれた。
旨い。
が、ひとりでは多い。
半分より先はただただ苦痛。

まだまだ呼和浩特の夜は長そうだけど、1時前には部屋に戻る。

つづく

写真は100元の部屋とその部屋の窓から。奥が呼和浩特駅、左の建物はバスターミナル。




内蒙古日記その1


成田空港に着くと、乗るフライトが55分遅れの表示。
そのために混乱しているのかカウンターでの手続きが進まず、それなりの数のカウンターは開いてるもののやたら時間かかる。
元々の出発時間は13時20分なのに、チェックイン出来たのは13時過ぎ。
カウンターのお姉さん「ホ、ホウホット行きでよろしいですか?」チケットには呼和浩特/Hohhot。まあ仕方ないでしょう。
搭乗して飛行機が動き出したのは14時半過ぎ。

大連到着は中国時間で17時頃。
荷物のピックアップ、国内便の搭乗手続きが必要なので全て済んだのが17時半過ぎ。
呼和浩特行きの出発は19時45分。
19時15分くらいには空港に戻っていたい。
夕方の渋滞を考えると空港バスはやめておいたほうがよさそう。
建物を出るとタクシーは見当たらないけど白タクらしきおじさんに声をかけられる。
時間がないのでじっくり交渉も出来ず明らかにぼられた金額で了承。大連駅まで120元。言い値は200元。

空港をでて市街地に入ると渋滞。
10数キロを30分くらいかかって大連駅到着。
目的の路面電車乗り場へ。
アイス買って小銭作って乗車。
どこまで乗るかが問題。
乗車したのが18時20分頃。
路面電車は民家ばかりの地域に入る。
ここで降りるのは得策に思えない。
そこを抜けると少しにぎやかになったので降車。
この時点で18時35分頃。
タクシーを探すが停まってる車はなく、何台も通るが乗客あり。
18時45分くらいになってかなり焦ってきた。
300mくらい向こうの交差点に行った方が良いのかもと思いつつも待ってたら、すぐ先で客を降ろすタクシー降臨。
取られてなるものかと駆け寄り「机場(空港)まで!」。
普通だったら通じないんだろうけど、雰囲気で伝わったらしく乗せてもらえた。
空港方面はさほど混んでなかったので19時10分頃に空港到着。ちゃんとメーター倒してくれて22.5元。


大連駅前から乗った路面電車。

2012年10月2日火曜日

引っ越しなぅ

どこいったのかなーって思ってたアルバムがあったのですが、 引っ越しでガサガサしてたら出てきたのでスキャンしました。
パルミラのホテルで食べたシリア料理。 いつまた現地で食べられる日がくるのでしょうかか。
パルミラ遺跡。 写ってる重機は日本のメーカーKATO製。 現場作業員の方々に、 「日本人か、日本の機械は最高だ。」と言っていただき、彼らの休憩に交ぜてもらってシャイやお菓子を御馳走になりました。 KATOの重機が活躍した成果を見れる日がくるのはいつでしょうか。
アレッポの写真、この一枚しかないという。。。。 全て、2000年4月。

2012年2月5日日曜日

シリア情勢、

みんなが幸せな形で収まりませんかねぇ。
英語も日本語も話せないのに、ニコニコとあれやこれや話しかけてくれた明るい人たちが暮らしてるんですよ。
つまり、
海外で一番もてたのがシリアだと。
アンマンのシリア大使館ではパスポート投げ返されましたけどね(イスラエルのスタンプあったから)。
これじゃいつまで経っても約束のレバントツアーが開催出来ないという。
はぅ〜


サッカーのU-23シリア代表、
モチベーション高かったんだろうな。


デリゾールのユーフラテス川



2011年11月16日水曜日

野宿の定義

ちょっと話題に出たので、数えてみました。
海外での今まで泊まった場所の数。


一泊のみのホテル・ゲストハウス(個室)が86
連泊したホテル・ゲストハウス(個室)が80
ホテル・ゲストハウス(ドミトリー・屋上・庭)が50
プライベートルーム・民泊が11
巡礼宿が7
その他が5


その他ってのが、お金払ってない駅の構内、駅の待合室、バスターミナルの待合室、駅前(閉められた駅舎入口付近)、ただの公園なのですが、どこまでが野宿なんでしょうね。


ただの公園まで?
駅前まで?
駅の構内まで?
駅、バスターミナルの待合室まで?
それとも、
お金払ったけどホテルの庭先まで?
ホテルの屋上まで?


ボク的には、なんとなく待合室は野宿じゃないような気がしてるのですが。
屋根がないとこで寝るのが野宿であれば、ただの公園、ホテルの屋上は野宿。
壁がないとこで寝るのが野宿であれば、駅前(ちなみにニース駅)、ホテルの庭先も野宿。
そうなると駅の構内は微妙ですな(ちなみにロンドン・ビクトリア駅)。
ふむ。

2011年10月27日木曜日

すっきりした話




2年前のベトナムで、上記のような寺院を見ました。 
チャウドックで西安寺を見ていたこともあって、完全に仏教寺院と思い込んだんですね。色目的に。 

ベトナムはフランスの植民地だったし、きっとノートルダム寺院の影響受けたんだろうなって、完全に思い込んだんですよ。 
んで、 
裏を取りたくて、調べたりしてたんですが出てこない。 
おっかしいなぁ、じゃあ、ベトナム独自の様式なのかも、と調べたのですがやっぱり裏が取れない。 
フランスの影響って考えが捨て切れず、フランスのサイトとかも調べたりしたんですがダメ。 
先月にフランス行ったのも、これの確認したかったてのもあったんです。 
が、 
そんなの微塵もない。 

ずーっと、もやもやが心の片隅にあったんです。 
それが昨日、ふと閃きました。 
あれ、カオダイ教の寺院じゃね?と。 
調べました。 
正解。 
いやー、出るわ出るわ。 
カオダイ教の総本山行ったにも関わらず、昨日まで考えもしませんでした。 
ホントにスッキリ。 
宿便が出た感じってこうなんだろうなぁ。 
ふむふむ。


この寺院を見てるのに、こんなに似ているのに、この二年間まったく考えもしませんでした。
すっきりしたのも事実ですが、妙に恥ずかしくなったのも事実。 



礼拝風景。

2011年10月19日水曜日

2011年欧州記 その参モンツァ編

夜中、
足元に置いておいたディバッグが落ちて起きたものの、それ以外はぐっすり。

朝、まわりが寝静まってるうちに目が覚める。
まだ6時前。
さすがに早いので外でタバコ吸ってからベッドに戻る。
うとうとしてたら、ひとりが起きてごそごそしてるかと思ったら、そのまま出て行った。
若い男の子。
出稼ぎかな?

7時になって身支度してホテルを出る。
朝食付きだったけど、8時って言ってたしまあ仕方ないでしょう。
18年前にミラノ来た時も朝食キャンセルした。
やってること変わらない。

バスに乗ってミラノ中央駅へ。
昨日ここに来たときにモンツァ行き臨時列車で出るのを確認しておいたので。
荷物を預けてモンツァ方面行きの列車のホームに行くと、駅員さんがあっちのホームに行けと。
F1見に来てるのがバレバレなのね。

結構な人がいたのだが、先頭車両まで行ったら座れた。
ホームの自販機で買ったサンドイッチで朝食。
ホームで臨時列車の案内をもらってた。
この臨時列車、サーキットの近くの臨時駅まで行く。

大きな地図で見る
ここで思い出した。
18年前もこの臨時列車使ってる。
確認すると16時くらいから帰りの列車が出ている。
モンツァとミラノ中央駅は20分くらい。
てことは、
4時半には戻って来れる。
昨日、夜9時のスイスのバーゼル行きのチケットを買った。
でも、
5時過ぎにも一本ある。
これに乗れば、スイスの風景も楽しめるかなと。
よし、決勝終わったらすぐに駅に行こう。

モンツァ・レズモ駅に到着。
来た事あるはずだけど全く覚えてない。
人の流れについていってチケット売り場へ。
75ユーロ。8000円くらい。決して安くない。




すでにエンジン音が聞こえる。
ずいぶん低い音。
V8になってしょぼくなったなぁ、なんて思いながら森林の中を進む。
コース脇に出た。
F3。
V8すまん。







1993年に見てたのは、このコースをはさんだフェンスの向こう。
それは覚えてた。





今は使われてないオーバルコース跡。立ち入り禁止。
突撃して写真撮ったが、この人たちに追い出された。







場内アナウンスはイタリア語だし、そもそもエンジン音で聞こえないしで、なにが起きてるのかはさっぱり。想定内ですが。
見てる人がいっぱいなのは写真で分かるでしょうが、決勝の最中、そこらで寝ている人もちらほら。安い入場料じゃないのに何しに来てるんだろ?って思ったけど、これがヨーロッパの自動車文化か。などとも思ったり。
見ながら思い出しました。
このレース、録画予約してくるの忘れちゃってる。
昔見に来たときもことごとく録画してない。
やってること変わらない。

車のスピードが落ちてみんなが拍手し始めたことでレースが終わったことを知る。
だれが勝ったのかはその場ではさっぱり。
序盤、ベッテルが早かったんで彼じゃないかとは思ったのですが、それ以外はさっぱり。
あと、シューマッハーが頑張ってたのも分かった。

決勝レースが終わり、そのまま残ってる人と駅に向かう人に別れた。
ボクも駅に向かう。
幸いにも最初の臨時列車に乗る事が出来た。座れなかったけど。

4時半過ぎにミラノ中央駅到着。
その足で、切符売り場に並ぶ。
ボクの番。
係の人にバーゼル行きのチケットを見せて、5時過ぎの便に代えて欲しい旨を伝える。
キーボードかたかたやって、「満席よ」と。
その列車は全席指定らしい。
これで乗れる?とは聞いたんですが、ダメと。
昔なら突撃もしたもんですが、大人になったので素直に諦める。
と、
それよりもサーキットに残っておけば良かったなぁと。
モンツァ市街の観光でもすれば良かったなぁと。
18年前、
F1イタリアGP決勝の夜に、インテル対ACミランのダービーマッチがあるからって同じように早くミラノに戻ってきたものの、今からじゃ入れないと言われて同じように後悔した覚えが。
やってること変わらない。
ミラノ中央駅

散歩に出たものの、そんな遠くに行く気もしないので7時半に駅に戻る。
預けていた荷物を回収。€8.20(約900円)。高っ。

運行掲示板を見てみたが、乗ろうとしている列車のホームが表示されてない。
しばーらく、待ってると20分遅れの表示。
定時近くになってやっとホームが表示された。
そこに向かうが列車はない。

そこからしばらく待って列車入線。
自分の確保。9時半過ぎ。外は暗くなってる。
20分経っても出発しない。
定時から1時間近く経ってやっと出発。
バーゼルに着くのは恐らく夜の2時。

つづく。

2011年10月18日火曜日

2011年欧州記 メモ

マルペンサ空港
↓(バス €7.50/約839円)


ミラノHotel Greco €20/約2,239円



↓(列車 €82.50/8,991円)


バーゼル













↓(列車 €111/11,948円)



ケルン
↓(列車 €37.80/4,068円)
アムステルダム
AmicitiA €50/5,598円
↓(列車5,000円)
ブリュッセル
Hotel Manhattan €65/7,067円
↓(列車6,800円)
パリ













↓(列車 €29.80/3,197円)




ルマン













Hôtel Normandie le Mans Centre Gare €42.55/4,564円















↓(列車 €29.50/3,206円)



レンヌ













↓(バス €11.70/約1,309円)



モンサンミシェル




















Hotel Aubergu Saint Pierre €190/21,272円

↓(バス €11.70/約1,309円)
レンヌ







↓(列車 €62.30/6,738円)


パリ














Hotel Aviatic €48/約5,126円)




















↓(列車8,800円)

ルクセンブルク







↓(列車 €8.40/940円)


トーリア







↓(列車 €24/2,565円)


コブレンツ














Hotel National €41.50/約4,435円








(レンタカー 8,330円)














↓(列車 €29/3,098円)



フランクフルト














Pension Alpha €70/約7,476円










↓(列車 €14.50/1,531円)



マインツ
↓(列車 €3.90/436円)
フランクフルト国際空港