2010年10月27日水曜日

ラダックの話その4〜ムルベクで困った編

2010年9月30日

4時に起床。
電気を付けようと試みるが、停電のようで真っ暗なまま。
でも大丈夫。
停電は想定内でパッキングは済んでるし、懐中電灯も枕元。
4時20分ころに宿を出る。
街灯なんてない。
半月と星明かりの下、てくてく歩く。
影になると全く見えないので懐中電灯を点灯。

ホントに人が全くいないレーの街をバスターミナルに向かって歩く。
聞こえてくるのは、遠くの犬と牛の鳴き声のみ。
メインバザールのあたりで、性別は分からないが三人の人影が。
ホッとする。
同じバスに乗る人かな?
が、
しばらくしたら路地に消えた。

4時40分ころ、バスターミナル到着。
明かりはない。多分元々。
人影もない。エンジンとかの音もない。
・・・・マジ???
とてつもない不安。
4時半に来いって言ったのに。

月と星の明かりしかない中、とにかく待つことにする。
5時ちょっと前になって、小型ワゴンが入ってきた。
一台のバスの前に止まる。
人が降りてきて、荷物をバスに積み始めた。
そのバスのほうに行ってみる。
乗客らしき人、そしてバス乗務員らしくバスの中で何かしてる人。
バスの中の人に、「カルギル?」って聞いてみると、否定する訳でもなさそうな反応。
昨日紹介されたコンダクターだろうか。
真っ暗なのでわからない。

乗客らしき人は4、5人。
これで出発するのだろうか?
これも不安。ある程度の客、荷物が集まらないと出発しないなんてよくある話だし。
しかし、
5時10分くらい出発。
意外。

バスターミナル出たところで3人乗ってきた。
このまま街を回って、客を拾うのかな?
でも、だれもいそうにないしな。
しかし、
この疑念はすぐに晴れる。
バスは街を出て、西に向かい始めた。

外はまだ暗いが、うっすらヒマラヤの稜線が見え始めてきている。

そして寒い。
標高3500m。
バスの窓もガタガタですきま風がすごい。
丸くなりながらうとうと。
まあ、あまりの寒さにほとんど寝れなかったけど。

コンダクターがバス料金の徴収に来た。
紙切れの出番だ。
紙切れを握りしめる。
コンダクター、ボクのところへ。
チラッとボクを見て、首を横にかしげる。
インド人のイエスとかオーケーのサイン。
紙切れの出番はなかったが一安心。


だんだん外は明るくなってくる。
インダス川沿いを走る。
多少道はうねっているが、結構なスピードで走っている。
これなら昼前に着くかな?と考えていたが、
1時間もすると本格的な山道。
道も悪くなってきた。
鉄砲水で流れたのであろう道や仮設の橋を通り過ぎていく。
年数経ってそうな仮設の橋もあったから、それだけではなさそうだけど。

9時頃、カルシの街で休憩。

他の乗客と、軽く食事(オムレツ、ロティ、チャイ)。
30分くらい休憩した後に出発。

カルシの街を出てすぐにチェックポイント。
バスのコンダクターが事務所に連れていってくれる。
外国人であるボクだけ。
「パスポート」と彼が促すので、パスポートを出すと、
「ジャパン・・・」と彼はつぶやき、ボクの顔をまじまじと見る。
んー
ネパール人とでも思ってたんだろうな。

乗客のひとりに、なんでカシミールに行くんだ?と聞かれる。
カシミールには行かない。ムルベクで降りる。と伝えると、なるほどといった表情。
前の日記にも書いたけど、カシミールはここ数年の中で最も不安定な状態。って、帰ってきてからその情報もチェックしなくなりましたが。

谷間の底の方をバスは進む。
峠を越える道との分岐でバスは止められた。
運転手と警備員みたいな人が話してる。
バスは直進したいのだが、侵入を拒まれてる様子。
崖崩れでもあったのか。
わからないけど、バスは右折して峠越えの道に進む。
その峠道


舗装されてない箇所が多数あるつづら折りの道をバスは進む。
対向からトラックも時々来る。
ぎりぎりの道幅。
ゆーっくりとすれ違う。
この調子じゃ、到着は何時になることやら。

とはいっても、
13時前にムルベクに到着。
磨崖仏の前で下ろしてくれた。

ガイドブックでは磨崖仏の前にゲストハウスが二つ。1kmくらいレー寄りに政府のツーリストバンガロー。
磨崖仏前のゲストハウスが都合がいいに決まってる。
そのゲストハウスに向かう。
商店も併設しているようだ。
そこの人に「部屋はある?」と聞いてみる。
「ノールーム」
ん?
もうひとつのゲストハウスにも行ってみる。
「クローズ。あっちにツーリストバンガローがある」と、とてもつれない答え。
ツーリストバンガロー、
バスの中から見たけど、とても営業中には見えない。
しかし、そのゲストハウスというか商店の人たち、全く素知らぬ顔をして泊めてあげようって雰囲気皆無。
仕方ないので、ツーリストバンガローに向かって1kmほど戻る。

ツーリストバンガロー、
案の定、門は施錠されてる。
困った。
ちょっと途方に暮れかける。
どうするか考えてると、近所の人がやってきて、ここはクローズだと。
うん、そうだね。
あっちにゲストハウスがあるよと、ボクが来た方を指差すけど、まあ、ねぇ。。。

選択肢は3つ。
ここで寝る場所がないのは確定。
案1、民泊を頼む。
案2、次の目的地ラマユルに向かってしまう。しかしもう公共機関はない。
案3、カルギルという大きな街に向かう。ガイドブックによれば一日数便のバスがあるらしい。

今は13時過ぎ。
早く動かないと、野宿するはめになりかねない。
磨崖仏を見ている場合ではない。

とりあえず、さらに4kmほど戻ったワカという集落に向かうことにする。
ムルベクより大きいみたいだし。

10数キロの荷物と不安を背負って歩く。
バス、タクシーなんてないので歩く。
まだ高所に適応出来ている訳ではないので非常にキツい。


こんなところをてくてくと。
動画を撮る余裕はあった模様。
ワカに向かう途中にあったカラフルチョルテン

ワカの集落に着いた。
商店のオヤジさんが「どこに行くんだ?ラマユルか?」と聞いてきた。
ラマユル?
何も言ってないのにラマユルの名前が出てきたことに驚いた。
ちょっと期待する。
「今日、ラマユルに行けるのですか?」
「ノー、明日の朝だね」
・・・・すげえ期待したのに。
「じゃあ、カルギルに行けますか?」
「今からか?」
「はい」
「ラマユルに行くんだろう?」
「はい」
「それならムルベクのホテルに泊まって、明日の朝向かったほうがいい」
「全てのムルベクのホテルはクローズしてます」
「ああ、シーズン終わってるしね。それなら、この山の上に僧院がある。そこに行ってみるといい。ノーマネーだ。」
おお。オヤジさんに謝意を伝えて、僧院に向かうことにする。

途中、尼僧とすれ違う。
山の方を指差し、「モナストリー?」と聞いてみると「イエス」と。

山に登ってみると(山といっても数10m程度)、建物がいくつかある。
どれが僧院かわからない。
聞ける人もいない。
どの門も閉まってる。
困った。
疲れちゃったし、なんかここにいるのもイヤになってる。
ヒッチでもなんでもいいから、カルギルに向かっちゃおう。

山を下りると、
さっきの尼僧に会った。
「どうしたの?」
「カルギルに向かいます」
「なんで?ラマユルに行くんでしょう?泊まって行きなさい」
ワカでオヤジさんから話を聞いたみたい。

彼女について行く。
「なんで、カルギルに向かうの?」
「どれが僧院かわからなかったから」
正直に答える。
まあ、笑われましたわ。

ここまで考えもしなかったけど、彼女は尼僧。
僧院で男女が同じ屋根の下で修行するものではない。
そう、そこは尼僧院。
彼女から説明されるまで気づかなかった。

ある建物の門をくぐる。
彼女、尼僧上とでも言うのでしょうか、年配の尼僧と話をしている。
なんか長い。
尼僧院に男が泊まれるのか?ここに来て拒絶されるとか。
またもや不安がむくむくと。
しばらく話した後、ボクのところに戻り、こっちよと奥に連れていかれる。
ベッドが3つ並んだ部屋に通される。
巡礼者用のベッドらしい。
「あなたのためのスペシャルルームよ」。

トイレにも案内される。
扉がふたつある。
一方の扉に大きく「GENTS」。
男性も泊まれるのね。いろいろ杞憂に終わった模様。

昼食をいただいて、

観光に向かう。

また4km歩いて、先ほどの磨崖仏を見て、

さらに1km歩いてゴンパ(僧院)やモスクを見学。

岩山を登れば王宮や古いゴンパがあるとのことだが、もはやその体力は残っておらず、戻ることに。
ムルベクの岩山

戻りは5kmほど。
尼僧院のある山の手前で一服。
僧院内で吸う訳にもいかないので、朝までもう吸えない。

夕食もいただいて、

毛布と寝袋も持ってきていただいて就寝。
20時にもなってなかったけどすぐに寝れた。
とにかく歩いた一日、なのでした。

ラダックの話その5へ続く。

このあたりのお話。
赤が尼僧院、左から二番目の青マーカーのところでバスを降りました。
この間、すべて歩きです。

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2010年10月26日火曜日

ラダックの話その3〜レー到着編


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ここらへんのお話

2010年9月29日


デリーからレーへのフライトの約1時間、ほとんど寝ていた。
離陸したのも知らない。
客室乗務員に揺り起こされて機内食を食べ、またうとうと。
家を出てからほとんど寝てないから無理もない。

気づくと外は緑のない山々。
ほどなくして着陸。
立派なターミナルなんてなく、タラップで降りたらバスに乗って空港の建物へ運ばれる。
今どき、空港で写真を撮るのに実際の制限が掛かってることは少ないのであるが、ここレーはパキスタンとの国境紛争最前線の軍の基地も併設。
軍人が何人も立ってて監視している。
様子を伺ってたら、撮ろうとしたインド人観光客を制止していた。
こっちょり撮るのはやめておく。

荷物をピックアップ。
その後、滞在者登録。
入国カードみたいのを改めて提出。
なるほど、
ここでなにかあっても、ボクがラダックに入った跡が残るのね。

外に出る。
きょろきょろしてると、「タクシーか?」と聞かれる。
「イエス」と答えると、
プリペイドタクシーのカウンターを教えてもらった。
つまり、
客引きは皆無。
全てカウンターを通さなければならないらしい。
カウンターのおじさんに、レー市街に行きたい旨を伝えると、「150ルピー(約300円)」と。
じゃあと、払おうとすると、「ドライバーに渡せ」と。
プリペイドじゃないじゃんw

渡されたバウチャー?を持って振り返ると、タクシーの運転手が待ち構えてて、こっちだと連れていかれる。
タクシーといっても、インドでのスズキの合弁会社「MARUTI SUZUKI」の小型ワゴン(排気量はわからない)。
レーではこれが主流らしく何十台と走ってる。
パキスタンみたいだなともチラッと思ったり。

タクシーに乗ると、「どこのホテルだ?」と聞かれる。
もちろん決まってない(到着時の滞在登録に適当なホテル書いたけどすでに忘れている)。
「チーパーホテルに連れていって」と頼むと、ちょっと考えこむ。
そんな珍しいかな、決めて来てない観光客。馴染みとかありそうなものなのに。

彼が連れていってくれたホテル、まあまあの部屋で300ルピー(約600円)。
でも、
もう少し眺めのいいところありそうだなと、そこはやめて探すことに。
ここがどこかいまいちわかってないけど、タクシーにお金払って、あっちがメインバザールだという方向に歩いてみる。
ヒマラヤ山嶺にあるレーはほとんどが坂道、そして標高3500m

荷物を持ったまま少し歩いただけで息切れ、そして頭痛。
レーの街角

朝の九時前、どこも準備中で休む場所もない。
そして、だれも客引きに来ない。荷物抱えた旅行者が歩いてるというのに。
レーの王宮、金曜モスクが見えてきたのでだいたいの場所は把握。
とりあえず、外国人が多いというエリアに向かう。
客引きがいないのは変わらないので、少しぐるぐるして、ここなら眺めが良さそうだなってゲストハウスに入る。
300ルピー。
んー
200ルピーくらいにしたかったけど、頭も痛いしここでいいや。
Indus Guesthouse 300ルピー


昼過ぎまで寝る。
なんにしても無理しちゃダメだろうと、街歩きだけすることにする。
まずはドルフィンカフェでおやつ。
併せて45ルピー。

明日どうするか。
ゲストハウスには2日泊まるって言っちゃったけど、なんにも考えずについ口から出た言葉。
前払いでもないし、まあ問題ない。
ガイドブックを眺め、しばらく考える。
とりあえず、遠くに行っちゃおう。
ジャママスジド
ジャママスジドのミナレットの先端。
イスラームの旗が。パキスタン国旗が千切られたようにも見える。

バスターミナルに向かう。
滞在中の日記にも書いたけど、8月に鉄砲水があってラダックの多くの地域で被害が出ている。何人も死んでいる。
それも目の当たりにするのが怖くあった。
レーの市街地を歩いてるぶんには、それを微塵も感じさせない。
事前に得ていた情報で、レーの外れにあるバスターミナルは大きな被害にあったと読んでいる。
ちょっと緊張しながらバスターミナルに向かう。
確かに、バスターミナルは下の方にあるので、水が流れ込みやすそう。
途中、水で削られたと見られる一帯がありテントで生活している方々を見た。
バスターミナルに行く途中の鉄砲水跡

その跡はバスターミナルに続く。
なるほどこれか、と、
ちょっと呑気な感想。
2ヶ月経とうとしている現在、普通に生活、経済活動されているようにしか見えない。
知らなかったら、こんなもんって思うくらい、なにかを感じることは難しい状況。
きっと、心の中の傷跡は大きいのだろうが、初見の旅行者では拍子抜けしてしまったのは正直な感想。
バスターミナルも、瓦礫が目に入らなければ、インドのバスターミナルってこんなもん。

そしてバスターミナル、
バスが止まるスペースがあるってだけで、なんの表示もない。
バス会社の建物前に、タイムテーブルが書いてあるけど、ボクが行きたいと思ってる方面のバスが書かれてない。
んー
困ったなーって思ってると、
現地人男性二人が、どこに行くんだ?と話しかけてきた。
「カルギル、いやムルベクに行く予定です。明日。」
ちょっとこっちに来いと、止まってるバスの中へ。
「ムルベクなら413ルピーだ。朝5時に出る。」
ずいぶん早いな。
でも、それでいいや。
「わかった。ありがとう。チケットはどうしたらいい?」
「ちょっと待ってろ。」
と、
運転席のほうに行って、そこにあった紙を長方形にやぶって、なにやら書いてる。
それをボクに渡して、「チケットだ」。
ま、マジか?
「お金は明日?」一応聞いてみる。
「今、払ってくれ。」
そのチケットと呼ばれた紙切れを見つめながら少し考える。
チケットと呼ばれた紙切れ
「オーケー」ボク。
過去、バス会社でもいろいろ騙されてきたけど、そのバスがないってことだけはなかった(他にそこに行くバスはないとか、存在しない荷物料を払わされたりとかの嘘はある)。
バスに入れるってことは、そこのバス会社の人のはずだし。
それでも怪訝そうなボクを見て、ひとりの男性を別に連れてきた。
「彼がバスのコンダクターだ。明日4時半にここに来たら彼がいる。」と。
ふむ・・・
500ルピー払うと、お釣りを持ってくるために、ひとりがバスを出た。
残った人、「レーに戻ってくるのか?カシミールに向かうのか?」
「レーに戻ってくる。ラマユル、アルチに寄ってから戻ってくる。」ボク。
「戻ってきたら、うちのゲストハウスに泊まってくれ」とホテルカードを渡された。
え・・・この人、バス会社のひとじゃないの???
不安、3割増し。

その後は、
レーの街をぶらぶらして、ご飯食べて
モモ(チベット餃子)盛りトゥクパ(チベットうどん)。
60ルピー(約120円)。


ゲストハウスに戻った。
出発が早いので、
先にゲストハウスにお金払って、早々に寝ることに。

ラダックの話その4続く。

ラダックの話その2〜デリー到着編

夜の11時過ぎにデリー到着。
噂通りの新しいキレイな空港。
インドの方が、ここを通って日本に来たとしても成田到着時に日本が先進国だなんて思わない方もいそうなくらいキレイな空港。
レー行きは朝6時10分。
ホテルに泊まるのはバカバカしいので、空港で朝まで過ごすことにする。

2010年9月29日

入国審査はあっさり。
質問など全くなし。
インドの入国審査は4回目。
ネパールから入った時もいろいろ会話した。
バングラデシュから入った時も会話した。
カルカッタの空港はどうだったっけ?覚えてない。
何にしても、
話好きなインド人らしくないなって感想。

荷物をピックアップして、ロビーに出てみる。
お迎えの人がいっぱい。
一様に、名前の書かれたボードを持ってみなさん待ってる。
当然、ボクの名前なんかはないのですが、
いろいろやってくるんだろうな〜と身構える。
が、
皆、チラッとは見るものの声を掛けてくる人はいない。
んー
なんか拍子抜け。
タクシーやらが止まってる外にも出てみる。
人はいっぱいいる。
が、
だれひとり声を掛けてこない。
昔、インドを旅行した時、
デリーから入ってトラブルなかった人の話を聞かなかった。
出入りするんならカルカッタの方がいいよ。ってよく聞いた。
11年前の話とはいえ、その話が頭の片隅にあるが故の緊張を伴った第一歩だったのに、だれひとり声を掛けてこない。
許可された人しか入れないってのは容易に想像付くんだけど、ここまで完璧に管理された空港ってのも初めて。
別の意味で恐ろしさを感じる。

入国審査の手前に喫煙所があったので、そこで一服していた。
そんな空港も珍しい。
そろそろ一本吸いたくなる頃。
喫煙所を探す。
ない。
端から端まで歩いて探す。
ない。
空港職員らしき人に聞いてみる。
が、
ここには吸う場所はないとのこと。
チェックインして中に入れば喫煙所はあるけど、外にもロビーにも吸う場所はないとのこと。
むむむぅ。
インドが宗教的に喫煙に寛容でない面があるのは知っていたが、ここまでとは・・・(いや、多分宗教は関係ない)。
チェックインはまだ出来ないし、仕方ないので、ヒューマンウォチングも兼ねて、多分同じく朝のフライト待ちのみなさんと一緒に外に座り込む。
が、
すぐに飽きちゃったので少しふらふらと歩いてみる。
ふと目に入ったのが、
柱の下で煙草を吸う警備の軍人さん。長銃を肩に掛けて一服中。
なーんだ
ってことで同じ柱のところで一服。
何本も吸える雰囲気ではないので一本のみ。

午前3時。
そろそろカウンター開いたりするかな?とロビーに入ってみることにする。
入口で航空券とパスポートを提示。
入口警備の軍人さん、
ここじゃないよ、と。
え?
君のフライトはターミナル1D。あそこから出るシャトルバスで移動しなさい。と。
ここはターミナル1。
同じだと思ってた。。。

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シャトルバスの運転手さんに、ターミナル1Dに行きますか?と聞くと、行くとの返答。
ホテルじゃないのか?と何度も念を押されたが、もちろん違うのでそのままシャトルバスに乗車。

ボク以外にもうひとりを乗せてバスは出発。
バスはターミナルを出る。
すぐ着くのかと思った。
が、
バスは車通りのある大きな道を進む。
あれ・・・なんかやり取り間違えてホテルに連れていかれるのか?
まあ、時間はかなりあるからどこに行ったとして戻れるやと楽観。
10分くらいでターミナル1Dに。
一度外に出て、大回りで来たみたい。
ちょっとスリルがあって楽しめた。

ここは国内線のターミナルぽく、人はまばら。
煙草吸える雰囲気じゃない。
お腹すいたので、ロビーのカフェでインド初食事。
つっても、チャイとサンドイッチだけど。
サンドイッチ、マサラ味。
おー来たんだねーって感慨深いものが。
が、
チャイはティーバッグ。
んー
そっか・・・

5時になった。
いつの間にかカウンターが開き、チェックインが始まってる。
出遅れた。
せっかくヒマラヤ上空を飛ぶのに席は通路側。
残念。

荷物を預けて身軽になって中へ。
そのまま喫煙所へ。
そんな話ばっかだ。

家を出て25時間ほど。
レーにはまだ着かない。
ここの写真もない。


ラダックの話その3


ラダックの話その1〜香港編


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ラダックはインド北部にあるチベット文化圏。
今年8月、鉄砲水に襲われ多くの人が亡くなりました。
果たして、その傷が癒えてるとは思えないこの時期に行っていいものか悩みましたが、観光客が激減しているとも聞き、ならば、観光業限定になってしまうけどそんな援助もいいのではないかと実にでっち上げたとも言えるような大義を掲げて行って来た次第であります。
本当は、スリナガルを経由して行くつもりだったのですが、9月始めに、アメリカのプロテスタント系の牧師がクルアーンを焼き払ったことに端を発する暴動が起きたことで断念。
矮小な考えかもしれませんが、相手を尊重しなければ自分が尊重される訳もなく、相手を傷つけるということは、自分が傷つけられることを受け入れなければならなくなる。
平和がいいに決まってる。多分ね。
香港経由で行って参りました。


2010年9月28日


外は雨。
傘を濡らしたくはないけど仕方ない。
折りたたみ傘をさして家を出る。

成田発香港行きのJAL便は10:10。
8時半くらいには空港に到着しておきたいところ。
が、
いつものように朝になっていろいろな準備をしていたら、最寄り駅に着いたのが8時前。
携帯で経路検索すると到着が9時半。
我孫子駅で23分待ち。
1時間に二本しかない成田線。失敗である。
検索結果をよく見ると、京成スカイアクセス経由だと9時過ぎ到着とある。
ふむ。
これはこれでありだ。
ということで、
柏駅経由で新鎌ケ谷駅乗り換えで京成スカイアクセスを利用。
想定外のスカイアクセスデビュー。

新鎌ヶ谷からアクセス特急なるものに乗る。
おー
さすが元成田新幹線。早いなーとは思ったが、なんか横揺れする。
元つくば新幹線のTX比べるのもなんだけど、線路が古い分仕方ないのか。

成田湯川なる駅に止まる。
特急の通過待ちと。
うーむ。どうりで特急券いらないはずだ。

予定通り9時過ぎに成田空港到着。
預ける荷物を少し整理する。
濡れた折りたたみ傘もしまう。
ここで気づく。
バックパックのサイドポケットに折りたたみ傘発見。
ほとんど雨が降らない地域に行くのに折りたたみ傘が二つ。
捨てる訳にもいかない。
ふたつの傘を奥にしまってチェックイン。
そして両替。1000USドルと200香港ドル。

実は、
目的地ラダックのガイドブックはあるけど、他のガイドブックはない。
まあ、経由地香港は不要だが、インドの経由地デリー情報がないのは不安。
ボクの知る限り、デリー入国してトラブルに合わなかった人を知らない。
なので、
インドのガイドブックを求めてショッピングモールへ。
が、
書店が見当たらない。
ふむ。
香港で買うか。



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香港上空

予定通り成田を出発して香港へ。
香港、13年ぶり。
前は啓徳空港。
あのスリルはもう味わえない。

香港からデリーでは、Jet Airways。
まずはチェックイン。
乗り換えは6時間。
市内観光の時間あり。
バスで向かいたいところだが、時間がかかりそうなのでエアポートエキスプレスで市内へ。
スターフェリーの中

香港駅到着。
まずはスターフェリーで尖沙咀に行ってみる。
ビクトリアハーバー
んー
全然覚えてない。
重慶マンションどこだっけ?
九龍清真寺

またスターフェリーに乗って湾仔へ。
フェリーターミナル

せっかくの中華圏なので道教寺院のいっこでも見ておきたい。
空港でもらった市内地図に洪聖廟なるものがあった。
しばらく探す。
香港島側、すぐに山になります。
洪聖廟
そこをうろうろすること30分、やっと見つけたところは山の下。
時間もエネルギーも余分に消費。

香港に降りた最大の目的、路面電車に乗ること。


ただ、ちょっと時間を使い過ぎたので湾仔からエアポートエキスプレス駅のある中環まで。
かなり物足りないけど仕方ない。


エアポートエキスプレスで空港に戻る。
食事して、
香港の空港で食べたチャーシューワンタン麺。
旨くない。28HKドル。
忘れてきた歯ブラシ買って、本屋に。
インドのガイドブック、ロンプラのインドだけ。デリーだけとか都合がいいのはない。
1244ページの大著。重い。
選択肢はない。
仕方ないので購入。300香港ドル。三千円強。
今調べたら、アマゾンで2303円。うむむ。。。。

出国手続きして、
さあ、インドです。

ラダックの話その2