2010年11月22日月曜日

ラダックの話その12〜標高5000m越えてみた編


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2010年10月9日

なかなか寝れなかったこともあって、目覚ましのアラームで起きる。
午前7時半。

旅行会社が開くのは早くても9時だろうから、その前に朝食。
(写真はない)
食べてたら、日本人旅行者に声をかけられる。
おお。久々の日本語。わーい。
って感じもなくはなかったのだが、現在の不安を抱えた状態だとなんか盛り上がらず。
こちらの事情を話すと、その方もデリーに戻るのに同じ航空会社を利用とのこと。
無事を祈る。

9時になったので、近くの旅行会社に行ってみる。
何軒か回った。
でも、そのあたりの旅行会社はトレッキングのアレンジとかばかりで航空券は扱ってないらしい。
メインバザールに向かう。
10時にセイ氏が迎えに来てくれるのだが、場合によってはキャンセルだし、10時にゲストハウスに戻れるかも少々怪しい。

メインバザールの旅行会社二軒目、
「あさってデリーに行きたいんですど・・・」
「あさって?」
「はい」
ちょっと他の人と話して、
「トゥエルブタウザンド、フォーフィフティー、ルピース」
え・・・・空席の確認もしてないじゃん・・・
「デリーに行けるのですか?」
「イエス」
おおおおおおー
やったぁ・・・ホッとする。
やっぱシーズンオフだから客も少ないんだな。
ボクが使う予定だったフライトも客が集まらなかったからキャンセルにした可能性大。

トゥエルブタウザンド、フォーフィフティー、ルピースか。
ここでボクは、
頭の中で1245ルピーと描いていた。
なんだ、日本で予約するよりも安いじゃんか。
現地で買うのが一番だな。
なーんて思った。
カウンターの男性、電卓をこっちに向ける。
12450ルピー。
あ・・・一けた違うw
ん?12450ルピーって・・・・約二万五千円!!!
マジか・・・。
焦る。
そんなにルピー持ってない。
円、ドル、香港ドル、有り金全部持って来てた。
確か100ドル札が3枚あった。
「あのぉ、USドルで払えますか?」
他の人と話した後、「オーケー」と。
一安心。
でも、彼が提示してきたレートが少し悪い。
んー
ここで両替をしてきて満席になったなんてなったら目も当てられない。
諦めて300ドル払って、ルピーで少しのお釣りをもらう。

全財産が五千円分くらいのルピーと、70USドルと少々、香港ドルは千円分もない、それに7千円と小銭。
あああ。
手描きタンカを買うお金はなくなった。。。
クレジットカードって選択肢はない。怖いから。

9時40分くらいにチケットを受け取ってゲストハウスに戻る。
セイ氏はすでに来ていた。
こんな払いのいい客逃したくないもんねw

ランクルに乗って一路カルドン・ラへ。
カルドン・ラ(Khardung La)は海抜5602m。自動車が通過可能な世界一標高の高い峠とのこと。
別になにがあるわけではないけど、せっかくなので行くことにしました。
ただ、
実際に計測したら海抜5359mなので、本当に世界一ではないらしいけど。
カルドン・ラを抜けるとヌブラという地域になって、パキスタンとの紛争地域がすぐ。
そのため、入域パーミットが必要。
それは先日確保済み。

ランクルはただでさえ高所のレーからさらに登って行く。
レーの街はどんどん小さくなるものの、山間からちょくちょく見える。
例によって、セイ氏と煙草を吹かしながらなのだが捨てるところがない。
セイ氏は窓からポイっと。
昨日は携帯灰皿に捨てたけど今日は忘れた。
どうしよう。
ちょっと迷ったけど、セイ氏のように窓からポイ。
気分のいいものではないので、煙草はこれっきり。

ランクルは草木がほとんどない山道を進む。
だんだん曇ってきて雪もチラチラと。
この車のタイヤ、スタッドレスとかじゃないだろうな。
道は明らかに白くなっていく。
時々、タイヤが空転するのがわかる。
体に力が入る。
喉も乾く。
ちゃんと舗装されてない道路、道幅もせまい。ガードレールなんてない。対向車はほとんどないのだが、それでもたまにある。
緊張する。
なんとかすれ違う。
きっと、こんな感じで崖から落ちてるんだろうな。
そんなことを考える。
そんなことを考えるか、無事を祈るしか頭の中にはない。

小一時間でチェックポイントへ。
パーミットの用紙を渡してさらに進む。

前方に軍のトラックが3台見えた。
すぐに追いつく。
幌の被った荷台に軍人さんが満載。
国境(と言っていいのかどうか)警備の交代要員かな。
トラックよりランクルの方が早い。
セイ氏、トラックを追い抜こうとする。
雪降る中。
やめようよ・・・と心の中では思う。
見守るしかない。
トラックもランクルが抜かそうとしているのは了解しているようだが、特に譲る気もないっぽい。
道幅関係なくセイ氏は抜かそうとするが、まあそれは無理。
しばらく走った、少し開けたところでオーバーテイク。
それを3回。
あまり楽しいものではない。

1時間半くらいでカルドン・ラに到着。
寒い。
でも、空気の薄さはわからない。
こんなもんか。
カフェや土産物屋の看板が見えたので、その建物に行ってみると閉まってた。
ここもシーズンオフか。

ヒンドゥー寺院が通り沿いに。
少し上がったところにタルチョ(チベット仏教の祈祷旗)が大量にはためいている。

そこに行ってみる。
あ、息苦しい。
階段数段で息が上がる。
ああ、やっぱ高所なのは間違いないんだな。



やることもないし、20分くらいで降りることに。

雪はやんでいた。
不思議なことに、道路を白く染めていたものも跡形もない。

1時間ちょっとでレーに戻る。
セイ氏にお支払い。
明日の予定とか聞いてくるのかな?と思ってたけど聞いてこない。
まあ、そんな遠くに行く訳ではないからいいけど。

ゲストハウスに戻る途中の商店でソフトドリンクを吟味していた。
真剣な面持ちで賞味期限とかチェック。
すると、
後ろから日本語で声をかけられた。
今朝会った日本人旅行者だ。
もうひとりいらっしゃる。
昼ご飯を食べに行くとのことなので、ずうずうしくご一緒させていただくことに。

ひとりの方が、デリー在住でヒンディー語ペラペラなのでいろいろお任せ。
楽してすいません。

食事の後、
新聞を買いたいとのことなので雑貨屋さん風な店に立ち寄る。
小さな店だったので外で待つ。
中でなにやら話が弾んでる模様。
しばらくして、話し相手の現地男性と出てきた。
その男性、2年前の代々木公園で行われた「ナマステ・インディア」に出演していたらしい。
おお。
ボクら行ってたじゃんか。
その男性、
「あなたはジャパニーズ、あなたもジャパニーズ。でもあなたはラダッキ(ラダック人)わははw」と言って去って行った。
もちろん、ラダッキと言われたのはボク。

さて、どうしようということで、お茶することに。
ボクも特に予定はないので、お邪魔することに。
連れていってもらった店、
市街地から少し入ったところなんだけど、ものすごく小洒落た雰囲気。
まったりするのにちょうどいい。

数時間話したあと、じゃあ晩ご飯もここで食べようということに。
断る理由は全くなし。

ゲストハウスに戻った後、
ネットカフェ行ったり、頼んでいた洗濯物を回収してるうちに約束の時間に。
ちょっと暗くなってたこともあって、少し道に迷う。
が、無事に到着。


普通にちゃんとした食事。といったら語弊ありそうだけど、
インドで洋食食べたことは何度もあるけど、どこも旅行者向けの安食堂。
まあ、カレーに飽きたときにはいいけど、本格的とは言い難いものばかりなのですね。
それが、ここは本格的。
そしてビール。
飛行機の中で飲んでから飲んでなかった。
高所だからというのもあるけど、インドで旨いビールを飲んだ覚えがないってのもあった。
それが、よーく冷えてて旨い。
食の楽しみが少ないラダックで、ものすごく楽しませてもらいました。
レーの「Bon Appetit Restaurant」、要チェックです。

ご一緒のおふたり、
ひとりの方は、まだまだ旅を続ける方、もうひとりはデリー在住。
いいですね〜。
どちらも羨ましい。
まあ、人によってはボクのスタイルも羨ましいだろうけど。

長年の疑問があったので、デリー在住の方にぶつけてみた。
シーク教徒の軍人さんが少なくいるが、彼らは最前線ではヘルメットをどうするのか?戦闘機乗りとかいるのか?
もちろん、
その方も専門家ではないので、予想の範疇なのだろうけどお答えいただけました。
映画では、シーク教徒の歩兵はターバンのままだった。
現代では、ターバンを巻かない、髭を剃るシーク教徒がいるので、それらが理由でつけない職種も少なくなってるはず。
ふむふむ。
かなりスッキリ。

夜9時過ぎ。
レーの街は静かになり始めている。
楽しい宴もお開きに。
おひとりはレストランのすぐ近く。
いろいろありがとうございました。
もうひとりは、少し遠い。
暗いので送ることに。
街灯がないので本当に暗い。
何度か角を曲がってホテルに到着。
いやいや、お話し出来て楽しかったです。ありがとうございました。

さて、
ボクも帰ります。
えーっと、
あっちから来たはずだけど自信ないな。
王宮とか見えたらどっちかわかるんだけど、暗くて分らない。
少し迷ったけど、なんとか見覚えのある道に。
空を見上げると満点の星空(ホントは雲がかかってるところもあったけど)。
街灯のない道の隅っこで空を見上げていた。
日本じゃよっぽど郊外に行かないと見れないな。なんて思いながら見上げていた。
気づいてはいた。
昼間と違う顔で歩いてるのを。
声も聞こえていた。
昼間と違って元気な声を。
野良犬。
空を見上げながらも、犬の声は聞こえていた。
それでも遠かった。
しばらく見てたら、カサッカサッって何頭もの足音が。
数匹の犬が走ってきた。
ボクを見る。
ボクも見る。
襲うとかそういうつもりはないのは分かる。
でも、
暗がりで何頭もの犬と見つめ合うのは心穏やかではいられない。
帰ろう。うん
犬を警戒しつつ、そこを離れる。
振り返ってみると、その群れ、ボクを気にしてる。
こわい。

ほとんど人がいない市街地に入ってゲストハウス到着。
うん。起きたときには考えられなかった楽しい日であった。
明日はレー最終日。
土産物買わなきゃだな。

ラダックの話13へ

2010年11月19日金曜日

1999年11月20日〜23日アーグラーの話

警告!
決して食事中、もしくは食後すぐに読んではいけません。
警告しましたからね。
ええ。はっきりいって汚い話です。



インド滞在も一ヶ月を過ぎ、もう慣れたもんね~なんて油断したんでしょう。アジメールで飲んだ生水か生温いさとうきびジュースがいけなかったのか、それまでの累積かはわかりませんが下痢しました。
腹に違和感を感じたまま、プシュカルに移動。
ここプシュカルで本格的に発症です。
プシュカルは、お祭りを2日後に控えざわついてました。
で、
お祭り期間中は、ホテルはどこも満室なので、お祭り前にはホテルどころか街を出なければなりません。
具合の悪い腹を抱えて。

プシュカルからアーグラーへは夜行バス。
原因は覚えてないんですが、そこの車掌とめちゃめちゃもめました。
ボク、服をつかまれて、その腕を力一杯振りほどいた覚えが。
なんでだろ。
ホントに覚えてない。

翌朝、アーグラーに到着。
下痢で移動なので、ほとんど水分も取っておらずぐったり。
リキシャワーラーが声をかけてきました。
「どこから来た?」
「プシュカルから」
「ノー。お前の国だ」
「ああ。ジャパンだ」
「ガイドブックがあるだろう。見せてみろ。」
カトマンドゥで買った2年落ちの地球の歩き方を渡します。
いつもの版と違うためか、彼は少し探しました。
で、アーグラーのホテルリストのページを差して、
「このHotel Akbarはグッドホテルだ。連れて行ってやる。行こう。」
ここはアーグラー。タージマハルのある街です。人が集まるところ、特に確実に旅行者がいるところには悪徳が渦巻いているものです。
もう、プンプン臭いました。
でも、
そのときはとにかく体を休めたかったんです。
もともと客引きについて行くつもりだったし。
「OK」ボク。

着いたホテルは、
Hotel AkbarじゃなくてHotel Akbar Inn。
うはー
やっぱ来たよ。。。
と思ったのだが、そんな変な雰囲気もなかったのでとにかくフロントへ。
ボクの顔を見たフロントの男性。
「ドミトリーは○○ルピー。○時から入れるよ。」
風体で判断したようです。
「いや、Attached Bathの部屋をお願いします。」ボク。
Attached Bath、風呂付き個室。下痢してたので安全策を取ってみました。
フロントの人、ちょっと怪訝そうにボクを見て、
「○○ルピー、○○ルピー、150ルピー、どの部屋にする?」
「じゃあ、150ルピーで。」
ここらで、ボクが調子を崩してるのを察したのでしょう。
「○時から入れるけど、それまでそこの部屋で休んでていいよ。」
思わぬ提案に、マジで感動感謝。
「トイレは使っていい?」
「ノープロブレム。」

ちょっとグレードが高い部屋でした。
トイレ使いました。
ちょっと寝ました。
そして、時間になったので起こされて150ルピー部屋へ。
まあ、風呂付き個室と言っても、全面コンクリートの別室に洗面台と便器とシャワーがあるだけ。もちろん水シャワー。
こんなもんです。
すぐに荷物を置いて、併設されてる食堂へ。
「ハウアーユー?」店の人。
「よくない」ボク。
「なぜ?」店の人。
「下痢してるんだ」ボク。
「なら、バナナヨーグルトを食え」店の人。
ええ。助言に従い食べましたよ。

部屋に戻って、正露丸を飲みました。
昨日までは正規の量一回3粒飲んでたのですが、いっこうによくなりません。
なので、この日は5粒。
もちろんミネラルウォーターで。

体調は崩しているものの、やっぱり観光はしたい。
ホテルの前にたむろしてたリキシャに乗って、タージマハルへ。
と、
すんなりとは行かずに土産物屋に連れて行かれました。
やっぱりか。。。。
元気だったら、
「ふざけんな、とっとと目的地に連れて行け!」って強気に出るんですが、やっぱり弱ってます。
「頼むからタージマハルに連れて行ってください。プリーズ」

土産物屋で大事にならずに済み、タージマハル到着。
入場料50ルピー。
もちろん外国人料金。
何ヶ月か前に値上がりしたそうです。
今はもっと高いらしい。

タージマハル、
うーん。なんかくすんでるね。
ってのが印象。
体調崩してて目が曇ってたのでしょうか。
と、そのときは思ったりもしたんですが、後で聞いた話だと酸性雨の影響で大理石が溶けているとか。
ま、真偽は調べてないですが。

昼にも正露丸5粒飲んで、夕食でも5粒飲みました。
なんだかお腹の感じが違います。
やっぱ正露丸すげえな。
なんて思いながら、夜も更けてきたので寝る準備。
11月とはいえ、インドは暑い(もちろん全土じゃないけど)。
寝るときは、Tシャツとパンツいっちょです。
お小水のために部屋のトイレに入りました。
まあ、トイレでもあるんでサンダルは履いて。
大が出る気配はありません。
なんか麻痺してる感じも。
まあ改めて、
やっぱ正露丸はすげえ。なんて思いながら便器の前に立ちます。
パンツをおろしてお小水を出しました。下半身の必要な箇所だけ力を抜いて。
が!
その瞬間、
うしろの門も同時に開放されたのです。
本人の意思なんて全く無視。
うしろの門から出てくるのは水っぽいのばかり。
うしろの門は閉じません。どんなに力を入れようとしてもうしろの門は閉じません。
垂れ流しっていうのはこういうことを言うのでしょう。
ボクの意思ではどうしようもありません。
その水っぽいのは、やや下げたパンツを突破。
太もも、膝を粘度の低い火砕流のように伝って流れていきます。
ボクの意思ではどうしようもありません。
もう呆然です。
でも、膝を過ぎたあたりで我に返りました。
パンツは残念なことになってる(進行形)。
せめてサンダルは守らねば。
ボクは、サンダルを蹴り捨てました。
そして、その水っぽいものはくるぶし、足の甲、そして床に到達。
あとはうしろの門に力が戻ってくるまでただ立ち尽くすのみ。
サンダル、
スポーツサンダルだったのです。かかとにもベルトをかけるやつ。
この時はそのベルトを踏んでたんです。
これで、しっかりかかとも留めていたとしたら・・・
そして、これが共同トイレだったとしたら・・・

部屋になかったので、共同洗面所から桶を借りてきて、床面を流しました。
ああ。その前に、
水シャワーで、下半身だけを洗いました。
下半身だけに水をかけて洗いました。
なんだろ、ひとりなのにこの恥ずかしい感じ。情けない感じ。
前にもあった気がする。大昔に。
おねしょをして、ひとりで必死にごまかそうとパンツを取り替えた時の、あの時の感じに似てる。
正露丸じゃ無理みたい。
インドの薬局に行く決意を固めました。

翌朝、フロントで薬局の場所を聞いたんです。
そしたら、病院に行けの一点張りで教えてくれません。
ガイドブックには、ホテルと病院がグルになって法外な請求をしてくるトラブルが載ってます。
そもそもだまされて来たホテル。
第一印象がいいとはいえ、そこまで信用は出来ません。
また、ホテル前でたむろしていたリキシャに頼みました。
そしたら、
やっぱり土産物屋に。
もう懇願です。
「お願いです。薬局に連れて行ってください。」
熱意が通じたのでしょう。
土産物屋で一時停車したものの再出発。
ちゃんと薬局に連れて行ってくれました。
薬局の人に事情を伝えて、ついにインド薬ゲット。
そこは繁華街だったのですが、万国旗がたなびくレストランが見えました。日の丸も見えます。
もしかしたら日本食が食べれるかも。
なーんて、期待して入ってみると、
普通の、でもちょっと高いインド料理屋さん。
非常にがっかりして、でも入ったからに出るわけに行かずそこで昼食。薬も飲んで。

どこ行くつもりだったのか忘れたけど、この後に駅に行きました。
でも、切符が手に入らなかったのかな。
なにせずに出たんです。
ちょっと歩いてみると、中華料理屋発見。
ご飯は食べたばかり、翌日に来ることを誓い、ホテルに戻りました。
夕食後にもインド薬。
お腹の感じが全く違います。
で、寝る前。
トイレに入りました。
昨夜のことがあります。
サンダル、テイクオフ。
パンツ、テイクオフ。
身につけてるもの、Tシャツ。以上。
緊張の一瞬でした。
が、
無事にトイレを済ませることが出来たんです。
インド薬すげええええ。
やっぱ、現地の病気(?)は現地薬。
なのです。
(後日、そうではない出来事もあったのですが)

翌日もなんともありません。
タージマハルにもう一度行きました。
駅前の中華料理屋に行きました。
現金なものです。
移動したくなりました。

目指すはマトゥラー。
ヒンドゥー教ヴィシュヌ派の聖地です。
翌朝、チェックアウトして、またホテル前のリキシャに乗りました。
アーグラーにはバスターミナルが二つあります。
ボクは、マトゥラー行きのバスがあるターミナルに行ってね。と伝えたんです。
途中、そのリキシャワーラーが、とにかくなんかくれってうるさい。
ずうずうしい感じがいやだったので、ほっといたんです。
まあ諦めたのでしょう。無言になり、バスターミナル到着。
ターミナルの入り口で降ろされました。
で、最初の額と違う額を言ってきます。
もう頭にきて、最初の額を押し付けてバスターミナルに入りました。
で、
適当なバスの運転手に、マトゥラー行きのバスはどれなのか聞いてみると、ここじゃないって返事。
あの野郎・・・
バスターミナルの外に出てみても、奴はいません。
ムカムカしたまま、またリキシャを捕まえて、もうひとつのバスターミナルへ。
このリキシャワーラーも、なんじゃかんじゃとねだってきます。
ああもう。どいつもこいつも。
と、無視してるうちにバスターミナルに。
リキシャはボクを乗せたまま中に入っていきます。
いろんな人に聞いて、ボクを乗せたままマトゥラー行きのバスの前まで連れて行ってくれたんです。
降りて支払い。
たしか10ルピーだったんです。
まずは10ルピー渡しました。
彼はすっとお金を胸に当てて受け取ります(インド人のこの仕草、大好きなんです)。
さて、いくらくらいお礼をするのが適当かな、なんて思いながら財布を覗き込んでる間に彼は立ち去ってしまいました。
なんかごめんなさい。とってもありがとう。


終わり。

2010年11月16日火曜日

ラダックの話その11〜スピトクとピャン、そして最も困った編

レーに入ってからトラブルがなくてつまらないとお嘆きのあなた。
この日は大変なことが起きますよ。
乞うご期待w


このあたりの話。

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翌日(10/8)は近場に。
空港近くのスピトクとピャンへ。

スペインブレックファスト、80ルピー(160円)
いつものコルラ、そして朝食。
今日は近場なのでゆっくりと10時くらい。
バスターミナルに行ってみた。
何台かのバスに、スピトクかピャンに行くか聞いてみる。
が、
どれも違う。
あらら〜
仕方ないのでいつものタクシースタンドへ。
目が合ったのは、比較的若い男性ドライバー。
はい。あなたにお願いします。

彼の車はランドクルーザー。
持ち込みなのだろうか?
最初の交渉ではタクシー組合の冊子を見せてくれて、小型ワゴンと同じ料金。
ふむ。
維持費とか全然違うだろうしいいのかな?いいんだろうな。

まずはタクシー組合の事務所に寄った。
書かなかったけど、今までもそう。
煙草を吸って待ってた。
彼が来たので消すと、
「なんで消すんだ?オレ(←意訳w)もスモーカーだ。同じ人でハッピーだ」と。
そんな感じで、年も近い感じなのでいつになく打ち解ける。
「名前は?」
「セイイチ(聞かれたときはいつもこう答えてる)です。」
「!!!!オレ(←意訳w)の名前はセイ(と聞これた)だ。」
「わははw似た名前ですね」
と、煙草吸いながら出発。

今までのドライバーさんは仏教徒だった。
昨日だけじゃなく、おとといも。
でも今日のセイ氏はムスリム。
車内の装飾で分かる。
一応聞いてみた。
「あなたはムスリムですか?」
「イエス」と、普通の返事。
ボク、何かを期待し過ぎ。
スピトク・ゴンパから空港
またもレーから西へ。
空港を過ぎるとすぐにスピトク。
ここも、ほとんど閉まっていて見れない。
寺にオフシーズンがあるのが不思議。
それでも、ゴンカンは開いていたのでそこを見学。
スピトクゴンパのトイレ
スピトクを出発してまた西へ。
インド軍の基地の前を通る。
トラックが出てきた。
「カシミールに行くのですか?」ボク。
「イエス」
「平和は来る?」
「わからない」
それ以上は聞けない。英語のスキル上の問題で。

街道を右折。
遠くの小山の上に建物が見える。
ピャン・ゴンパ

ピャンゴンパだ。
昨日のドライバーさんに教えてもらっていた。

ゴンパに入る。
僧侶が二人、なにか作業をしている。
ボクをチラッと見たものの、作業を続けてる。
んー
また閉まったままなのかな?
予想通り、どこも鍵が閉まってる。
思い切って僧侶に話しかける。
「中は見れないのですか?」
「なんで?」
と言って開けてくれた。
お寺さんが商売熱心なのはどうかと思うけど、こうやって外国人が来たんだから、少しなんかアクションあってもいいんじゃね?仕事の邪魔しないように声掛けるのはためらっちゃうんだからさ。というのはボクの利己的な感覚であって、彼らには彼らの感覚がある。

拝観料を払って、二つのお堂を見せてもらって終わり。
「終わり?」と聞くと「イエス」の返事。
「どこから来たのですか?」と聞かれたので、「日本です」と返答。
「ふーん」といった様子で盛り上がらず。
「あっちに行けば、キレイな壁画があるお堂がありますよ」と教えてもらって車に戻る。
そのお堂が今日のメインイベント。

セイ氏に、そのお堂に行ってもらうように頼むと、「知らない」との返事。
そか。
とりあえず、僧侶が指した方に走ってもらう。
訪ねようにもピャン村に人影は少ない。
村の入口では見かけたものの、別のお堂に行こうとしてからは誰も見ない。
道はどんどん狭くなる。
デカい車だ。
なんか申し訳ない気持ちに。
そのとき、第一村人発見!(第一ではないけど)
ボクが聞きにいこうとすると、セイ氏がボクを制して農作業をしているおばあさんに聞きにいってくれた。
「なんて名前のゴンパ?」遠くからセイ氏。
「ロボンデビ!」ボク。
セイ氏、おばあさんと話してる。
分かったようだ。
セイ氏は車に戻ってくる。
川を挟んで向こう側らしい。
車は、一度ピャンゴンパの下まで戻って、橋を渡り対岸へ。
山の斜面にお堂らしき建物が見えた。
あれっぽい。
その下で作業していた男性にセイ氏が訪ねてくれる。
男性はそばの建物の中に姿を消し、鍵を持って現れた。
そのお堂を管理している男性のよう。
セイ氏が、彼についていけと促すので、彼について山を登る。
さすがに地元の人。健脚だ。
環境が違うので、年齢はなんとも言えないけど、ボクよりずっと上の人。
どんどん遅れる。
ひーひーいいながらお堂に到着。
拝観させてもらった。
ここの壁画も素晴らしい。
写真とっていいですか?と聞いたけど、ダメですって。
ロボンデビからピャン・ゴンパ
堪能した後、山を下りる。
管理の男性、あたりを指差し、「floodほにゃほにゃ、Many waterほにゃほにゃ」と。
ここらも鉄砲水が襲ったらしい。
無惨な光景が見える。

管理の男性の後ろ姿と鉄砲水の跡
山を降りた。
管理の男性にお礼をしなければ。
500ルピー(約1000円)を渡した。
物価から考えたら大金だ。
被害があった場所が少しでも早く元に戻ることを願って渡した。
このお金がどう使われるのだろう。
ボクには分からない。
彼の生活費になるだけかもしれない。
なんとも言えない。
ここで個人に渡すよりもしかるべき組織に渡した方が、いい使い方をしてくれるかもしれない。
この行為の是非はだれにもわからない。
自己満足だよなーとは、渡すときにすら思った。
そんなむにゃむにゃした話。

レーに戻った。
セイ氏「明日の予定は?」
ボク「カルドン・ラに行く予定です。」
セイ氏「この車で行かないか?」
ボク、にやり。
カルドン・ラは、レーから更に1000m以上高地。
小型ワゴンでは心もとない。
ボク「お願いします。」
ゲストハウスを教えて、朝の10時に約束。

ランチ。115ルピー(230円)。
まだ昼過ぎ。
昼食を食べて、街散策。
昼食時、ボクより先に入ってたのに頼んだものが出てこない一家。
人が集まっている場所はだいたい見たので、街の中心にどーんとある小山に登ってみることに。
レーの街が違う角度で見渡せる。
小山の上にゴンパがあった。
小山の上のラカン

鍵は閉まってる。
小山を登ってくる僧侶が見えた。
チャーンス♪
中が見れるかも。
僧侶を待った。
僧侶と目が合う。
「ジュレー」
「ジュレー」
「どこから来ましたか?」僧侶
「日本です。」ボク
フーンといった反応。
その後は別に会話も続かず、レーの街を眺めてた。ふたりで。
ずっと、いつまでも。
鍵を開ける様子はない。
僧侶もレーの町並みを眺めてる。
なにしに来たんだ、この人。。。
20分くらい眺めてたが、しびれを切らしたボク、
「じゃあ、降ります。」と下山。
日の入りまで待ってたら開けたのかもしれない。
でも、待てなかった。
寒くて待てなかった。
レーの小山からレー市街。
右奥は旧レー王宮、左奥はシャンティストゥーパ。
そのあとは、バザール散策。

ヒンドゥー寺院を発見。
やっぱあるんだな。嬉しくなる。
レーのヒンドゥー寺院「Hare Krishna Mandir」
そして、
地元なチャイ屋でチャイを飲んで(7ルピー)、
7ルピーのチャイ

更に街を散策。
チャパティ屋。
自宅じゃ焼かないのかな?

肉屋。
えぐいので拡大注意!

少し早い夕食を取る。
ラサチョウミン(ラサ焼きそば)60ルピー
乗ってるのは薄い卵焼き。

部屋に戻って、ゲストハウス向かいにある洗濯屋に衣類を持っていく。
普段であれば自分で洗うのだが、今回はラダックに仕事を持って行く(大げさ!w)という目的もあったのでお願いすることに。

20時くらいになってネットカフェへ。
メールのチェックをした。
並んだサブジェクトを見る。
一瞬息が止まった。
サブジェクト「G8 156 IXL DEL 11th OCT _CANCELLED」
本文を見る。
「レーからデリーに行くG8 156便が、航空会社のコントロールを越えた問題でフライトがキャンセルになりました」と。
頭の中なのか、胸の中なのかわからないけど、体の中がグルグルしだした。
整理しよう。
12日の夜にデリーから日本に帰る。
それで11日のデリー行きのフライトを予約していた。
そのフライトがキャンセル。
キャンセルってなに?
翻訳サイトで「CANCEL」を調べてみた。マジで。
思考が正常でなくなってる。
確かに格安航空会社だが、まさかこんなことに。
出発前、インドの航空会社は存在しないフライトを発券したりしてるしねーなんて脅かされたものの、まさか本当にこんなことがおこるなんて。。。
20時過ぎ、レーの街は休み始めている。
旅行会社は閉まってる。
気を取り直す。
デリーに行けるフライトを検索して予約を試みる。
席はあるようだ。
カード決済の画面まで行く。
が、
カード会社のIDを求められる。
カード会社のIDは家に帰らなきゃわからない。
ここからフライト予約は無理。
視界がややおかしい。
鼓動もおかしい。
動揺しているのが自分でもわかる。
よろよろとネットカフェを出る。
部屋に戻る。
ガイドブックを開く。
なんにしても明日だ。
今日は8日。
明日、旅行会社に行ってフライトが取れれば何の問題もない。
でも、
レーは観光地。
もし満席だったら陸路。
でも、
陸路といっても、レーからデリーまで3日かかる。
ダイレクトのバスはないし、そもそもシーズンオフで中継地のマナリまでのバスもあるかも怪しい。
もしあっても、早朝に出るだろうから明日(9日)に乗れてなんとか12日に着く。
今は8日の夜。
バスがあるのか確認しようがない。
確認して、10日のバスではデリーからの便に間に合わない。
陸路はタクシーで行くしかない。
なら、近い空港は?
やはりマナリとスリナガル。
どっちにしても陸路で2日かかる。
そこからのフライトが取れるかもわからないし、明日(9日)に乗れない以上、インドを発つ12日にマナリかスリナガル。ギリギリだ。
体の中のグルグルは収まらない。
ベッドに入っても寝れない。
何度もベッドを出て、窓を開けてオリオン座を見ながら煙草を吸う。
ピンチだ。本当にピンチだ。

ラダックの話12に続く。